2008年03月09日

第12章: 心の習性

この章の翻訳を担当したのは、Hashさん、rindai87さん、wakataka_423さん、optical_frogさん、witchmakersさん、黒影です。

Chapter 12: HABITS OF MIND ( 12-1, 12-2, 12-3 ) - バイオ研究者見習い生活 with IT
[12-4]-[12-6]2008-03-05 - rindai87の日記
Chapter 12: HABITS OF MIND[12-7], [12-8] - バイオ研究者見習い生活 with IT
Chapter 12: HABITS OF MIND / 12-9 - cAMP合成日誌 - ハチロク世代
Chapter 12: HABITS OF MIND / 12-10 - cAMP合成日誌 - ハチロク世代
Chapter 12: HABITS OF MIND [12-11] & [12-12] - left over junk
Chapter 12: HABITS OF MIND [12-13] & [12-14] - left over junk
Chapter 12: HABITS OF MIND ( 12-15) - wakataka_423の日記
Chapter 12: HABITS OF MIND ( 12-16,17,18,19)Comments - wakataka_423の日記
幻影随想 別館: Chapter 12: [12-20]-[12-24]
Chapter 12: HABITS OF MIND [12-25] & [12-26] - left over junk
Chapter 12: HABITS OF MIND [12-27] - left over junk
Chapter 12: HABITS OF MIND [12-28]:「コミュニケーション・スキル」の項目 - left over junk
Chapter 12: HABITS OF MIND [12-29] & [12-30] - left over junk
 
 

第12章: 心の習性

価値観と考え方

計算と推定

器具の取り扱いと観察

コミュニケーション・スキル

批判的に受け止めるスキル


第12章: 心の習性

[12-1]

 歴史を通じて、人は価値観や考え方、技術を次の世代へと伝えてきた。形式的な学校が始まるずっと前にはこの3つが教えられていたが、今日でも、家庭、宗教、同僚、書籍、ニュースや娯楽メディアなどの日常が人々の知識、学習、その他の側面に対する見方に影響を与えていることは明白である。学校教育において科学や数学、テクノロジーは視点の形成過程に主要な役割を果たしており、異なる価値観に基づいているために一般社会の価値観の影響を受け、そして、文化的な共通観念を形成するうえでの影響力はどんどん高まっている。  したがって、学校教育が価値観や考え方に関心を持ち(社会では文化的多様性、個人、イデオロギーが過敏なまでに尊重されるため)、卒業後の人生に備えるにあたって科学の価値観と考え方を取り入れることは非常に重要である。

[12-2]

同様に、若者が在学中に身につけるべき、科学、数学、テクノロジーに関連した「思考の技術」が存在する。この技術のほとんどは(すべてではないが)数学的で論理的な技術であり、フォーマル/インフォーマルを問わず学習に必須のツールであるとともに、社会で生きて行くためにも必須である。

総合すれば、これらの価値観と考え方と技術は心の習性と考えることができる。なぜならこれらは、人間の知識と学習と思考法、行動における「視野の広さ」に直接に関わってくるからである。

[12-3]

この章では、科学教育において推奨される価値観、考え方、技術を紹介する。章の第一部では価値観と考え方の4つの具体的な側面に注目する。すなわち、科学や数学、テクノロジーがその性質として内包する価値観、科学とテクノロジーの社会的意義、社会的価値観の強化、そして科学と数学が理解可能であるという人々の考え方である。  第二部では計算と推定、操縦と管理、コミュニケーション、そして議論の批評に関する技術を扱う。 TOP

 

[12-4]

価値観と考え方

科学教育は、科学者、数学者そしてエンジニアに対する共通の価値感への人々の知識に貢献すべきである。それは、一般的な社会的価値観の補強として、科学、数学そして科学技術の社会的価値について情報に基づく、バランスのとれた意見を人々に説くことである。そして、科学、数学、科学技術に対する若い世代の人々のポジティブな考え方を教育することである。 TOP

[12-5]

科学、数学、そして科学技術特有の価値について知識

科学、数学、そして科学技術は、特有の価値観を受け入れる。それらのうちのいくらかは他の人間の活動、たとえばビジネスや法律、そして芸術といったものの種類や激しさにより異なる。科学、数学、そして科学技術を理解するためには、それらの根底にあり、個性を与え、3つの分野に従事する人々により共有されている価値観のいくらかに気づいていることが不可欠である。これらの価値観は、この報告書の科学、数学、科学技術の性質についての3つの章で提示するアドバイスにおいて明らかである。そこでは、科学、数学、科学技術の重要性について考えている。科学における検証可能性、テスト可能な仮説、予測可能性、数学における厳格な証明とエレガンスさ、科学技術における最適なデザインの重要性についてである。TOP

[12-6]

一般的な社会的価値感の補強

文化的に、科学は革新的であり、また保守的であるともみなされる。科学により生まれた知識は時に我々に対し物事の大きな枠組みにおいて、我々が長く有していた我々自身や意味への信頼を変える−さらに言うと捨てることすら−強要する。我々がニュートンやダーウィン、そしてライエルと結びつける革新は、地球とその住人の知識に彼らが費やしたもの同じくらい、人間性にも大いに関係がある。さらに、科学的な知識は我々を驚かせ、また怯えさせもする。それは特に、我々が世界が我々自身が理解しているようではない、もしくは我々が望むようなものではないと気づいた時である。地球が数千ではなく数十億歳であるという発見は、適切な例かもしれない。そのような発見は、我々を大変苦しめうるので、新たな知識を受け入れるようになるまで、数年−あるい数世代の社会がかかるかもしれない。知識を手に入れるために我々が支払う対価の一部は、少なくともはじめのうちは我々を不快にさせるかもしれない。人間の信頼と感情においての、科学、そして技術的な発展の衝撃に気づき始めることは、あらゆる人の科学教育の一部にすべきである。

[12-7]

科学は我々の世界に対する理解と我々自身に対する理解に疑問を投げかけるものであるとともに、日々の価値観に基づくものでもある。この事実を認識することは重要である。 実に、科学は多くの点で人間価値(誠実、勤勉、公正、好奇心、新しい考えを受け入れるオープンさ、懐疑、そして創造力)のシステマティックな応用である。科学者はこれらの人間価値を発明したわけではなく、科学者のみがこれらの人間価値を持っているというわけでもない。しかし広範な領域において、科学はこれらの人間価値を統合、強化し、人間価値がいかに人間の知識と幸福を拡大するかを劇的な形で示すものである。したがって科学教育が効果的に行われたならば、一般的に望ましいとされる考え方や人間価値を向上させることができる。

科学教育は、好奇心、新しい考えへの開放性、情報に基づく懐疑主義という、これら3つの考え方や価値観を育成する、特に強い立場にある。

[12-8]

好奇心

科学者は好奇心を生き甲斐にしている―子供と同じように。子供は身の周りのすべてに疑問をもって学校に入る。子供は、どのように疑問の解答を見つけてどのようにその正当性を判断するかを未だ知らないという点のみにおいて、科学者とは異なっている。好奇心を育てるとともに、その好奇心を生産的な方向に向かわせる方法を子供に教える科学教育は、生徒自身と社会のためになる。

[12-9]

新しい考えに対して開いていること

新しい考えは科学の発展、ひいては人間の活動一般にとって必要不可欠である。閉ざされた心を持つ人は発見の愉悦と知的成長による満足を生涯にわたって失う。なぜならば、この報告が明確にするように、科学教育の目的は単に科学者を生産するのではなく、学生らが、彼らを不安にさせたり彼らが普段信じていることに衝突したりするように最初は思える考えについて注意深く熟考することが非常に重要であることを理解するためになるべきだからである。考えどうしの角逐は、科学の中の、科学と社会との間の、そして社会の中の緊張の主要な源である。科学教育は科学の歴史から導かれるそうした緊張の本質を記録しているべきであり、また学生らが衝突する考えの押し合いへし合いに参加することの、彼らと社会にとっての価値を理解するのに役立つべきである。

[12-10]

情報に基づいた懐疑主義

科学は新しい考えに対し開放されていることと同じくらい懐疑主義に特徴づけられている。新しい理論が深刻な関心を寄せられることもあるが、証拠により裏付られることやその時点で論争中でない他の原則と論理的に矛盾しないこと、対抗する理論よりも多くの物事を説明すること、また新しい知識につながる可能性を持っていることをその新理論の支持者が示すことができない限り新理論が広範にわたる承認を得ることは稀である。大半の科学者はすべての新しい理論に対して懐疑的であるゆえ、そのような承認は普通自然な経過を辿るのに数年ないし十年もかかる実証と反駁の過程となる。科学教育は学生たちが体系的な懐疑主義の価値を理解し、また彼らの精神に新しい考えへの開放性と懐疑主義との間の健全なバランスを築くことを手伝いうる。 TOP

[12-11]

科学・数学・テクノロジーの社会的な価値

さらに,学習プロセスの結果を考える際にも価値の問題が重要となる.それぞれの学生が科学にどのような個人的価値をみいだすにせよ,それとは別に,学生たちはその活動がもつ個人を超えた社会的な価値についてどのようなことを知り,信じるべきかという問題がある.科学・数学・テクノロジーは社会に対して大いなる価値をもっているとすべての学士が確信する必要はあるだろうか?

[12-12]

総合的に考えて,科学・数学・テクノロジーは人間の生活の質を向上させてきたのであり,学生はその思慮ある支持者となるべきである.しかし,科学は自立した思索をきわめて高く評価するものであるから,教師は学生たちにただ一方的に説教して科学の無批判な支持者にしようと試みるべきではない.そうではなく,教師たちがとるべき立場とは,本レポートで勧告されている目標を学生たちが達成することをとおして,結果的に彼らが無批判に肯定的にも敵対的にもなることなく,科学・数学・テクノロジーの価値について公正な見解をもつようにさせることである. TOP

[12-13]

科学・数学・テクノロジーを学ぶことに対する態度

小学校の児童は,自然や数におのずと興味をいだいているものだ.しかし,卒業するころになると,そのあまりな退屈さと学びにくさに,多くの児童は数学をおそれるようになったり科学離れを起こしている.生徒たちにとって,科学はたんに学術活動であって,けして自分たちの生きる世界を理解する方法だとは見えないのだ.こうした科学嫌いの帰結は深刻である.なぜなら,これはすなわち非常に多くの生徒たちの人生が狭く限定されてしまい,また我が国において将来の科学者・数学者・技術者の候補となる才能の母数を本来よりも少なくさせてしまうことを意味するからだ.

[12-14]

たしかに,それぞれの学校が独力でこの状況を好転させるのは無理かもしれない.しかし,好転させようと現実的に考えるとき,学校の存在は必要不可欠である.児童・生徒たちに科学を肯定的にとらえる態度を育む力は,教師たちの手の内にある.もし教師たちが意義深く理解しやすい知的興奮をもたらす科学・数学の話題をとりあげたなら,もし彼らが用語の丸暗記ではなく探求と理解に焦点をおくなら,そして,もし彼らが担当するすべての児童・生徒に「期待されているのは探求し学ぶことである」と周知させ,彼らの成果を承認するなら,ほぼすべての児童・生徒たちが学ぶようになるのはまちがいない.そして,うまく学ぶことができたとき,そうする過程で児童・生徒たちはなによりも大切なことを学ぶあろう──すなわち,じぶんにも学ぶことができるのだ,ということを. TOP

 

[12-15]

計算と推定

先の章で提示された勧告の大半は知識についてのものである。しかしながら、それらの勧告は同時に、知識が問題解決に使わうる方法で理解されるべきだとほのめかしている。この点で、前述の勧告のすべては思考力に関してのものである。違う言い方をすると、生徒たちは思考力を、世界をなにか現実的に理解するようになったり、多くの異なった文脈や状況で出会ったり、それらを繰り返し使うプロセスにおいてのみ学ぶ傾向があるのだ。 TOP

[12-16]

計算

具体的な意味のある文脈での計算を繰り返し経験すれば,どんな場合に計算を暗算や紙の上でやる方がふさわしく,またどんな場合なら計算機やコンピュータの助けを借りるのがふさわしいのかを判断する高階のスキルが育つ.個別の状況によって役割が異なることもあるが,これらの計算方法は問題解決においてそれぞれ相応の役割を果たすのだ.

[12-17]

基礎的な数字力

日常生活において、ひとは単純な計算を暗算で出来るべきである。しかしながら、実際に必要な暗算の量はかなり限られており、すべての一般人が習得する能力の中に充分入っている。この技能はまず最初に、次の数理的事実を記憶しそして直ちに思い出せる必要がある。

[12-18]

  • 1から10までのすべての数字の和、差、そして積
  • 主要な整分数―2分の1、3分の1、3分の2、4分の1、4分の3、5分の1、10分の1、100分の1に相当する小数(しかし6分の1、7分の1、9分の1や他の分数は多くの人々にとってはめったにお目にかからない)
  • 小数とパーセント表示の関係(0.23と23パーセントの同値性のような)
  • 10、 100、 1,000,、100万、10億の間の関係を知ること(たとえば、100万は1000の1000倍であると知ること) 10の階乗では、これらの関係は10の1乗、2乗、3乗、6乗、9乗と表現される。
[12-19]

だれもが行えるべき二種類の暗算がある。

  • 任意の2桁の数同士の足し算
  • 有効数字1桁あるいは2桁による、任意の数と2、10、100との掛け算および割り算
[12-20]

計算機技能

日常生活の中で、そして特に仕事場では、ほとんどの人が計算を行う必要性に直面する。つい最近までは、紙と鉛筆が暗算できない問題を解決する最も一般的な手段だった。ほとんどの生徒にとって、学校で習う数学は紙上で計算することを意味していた。これは通常、どのように割り算を行うかや、割合の求め方、比率の計算方法を習うという形をとるが、なぜこのような解法が有効なのか、いつそれらを使えばよいのか、そして答えをどう理解すればよいのかの学習という形を取ることはない。

[12-21]

小型で安価な電子計算機の出現は、その状況を劇的に変えることを可能にした。計算機は非常に速いため、本物の数学を使用して学ぶための授業時間を作ることが出来る。生徒たちは、通常の計算問題を解く順序をどのように見つけ出せばよいか、どの計算式を使えばいいか、そしてどうやって答えの妥当性を確認すればよいかを、すぐに学ぶことができる。初歩的な計算能力を普遍的なものとすることが、現実に起こりうるものとなる。

[12-22]

計算機の利点は教育上のものだけではない。紙と鉛筆による計算は、遅く、間違えやすく、ほとんどの利用者にとって電子機器と同じくらい概念的に不可解なものである。精度が求められているとき、扱われている数字が複数の桁を持つとき、あるいは計算が複数のステップを持つとき、計算機は紙と鉛筆に比べ、多くの実用上の利点を提供する。しかし人々が計算機を賢く使う方法を学ばない限り、これらの利点は認識されない。計算機の使用はスキルを必要とし、推論の人為ミスを補うことはなく、しばしばデータ以上の精度の答えを返し、操作者の間違いによってすべてが台無しになる。鍵となるのは、早く生徒たちに計算機を使い始めさせ、義務教育の年限を通じて出来るだけ多くの課題で計算機を利用させることである。

[12-23]

すべての生徒は、以下の課題をこなすために計算機を利用することが出来なくてはならない:

  • あらゆる整数、10進数の加算、除算、掛け算、割り算ができる(指数、平方根、三角関数は含まない)
  • あらゆる分数に、同等の10進数を見つけられる。
  • ある数字が別の数字の何パーセントにあたるかを計算し、どんな数字のパーセンテージ(たとえば10%オフ、60%の利益)でも取得できる。
  • どんな数字の逆数も見つけることが出来る
  • 大きさから比率(たとえば時間と距離から速度)を、比率から大きさ(たとえば複利による計算ではなく、利率と元金の知識に基づき支払われるべき単利の額)を測定できる。
  • 三角形、長方形、円の周囲と面積を計算できる。直方体の体積を計算できる。
  • データの平均値を計算できる。
  • 代数を使って単純な代数式の計算(たとえば aX + bY, a(A+B), (A-B)/(C+D))が出来る。
  • 単位の変換ができる(たとえば円/ドルからドル/円、マイル/時間からフィート/秒)
[12-24]

また、計算機の完全で効果的な使用のために、すべての生徒は以下のことを実行できなければならない:

  • 新しい手順を学ぶとき、計算機マニュアルに書かれた段階的な指示を読み、従うことができる。
  • 問題を解くために数ステップからなる簡単なアルゴリズムを作成し、書き出すことが出来る。
  • 計算への入力内容から、答えの単位(例えば秒、平方インチ、ドル/タンク)が何になるか理解できる。現実の計算の大部分は、大きさ(単位に関連する数字)と関係がある。計算機の利用者は、計算機の「57」を、例えば「57マイル/時間」に変換できなくてはならない。
  • 入力された数値によって、計算機に示される答えの有効数字の桁数を合理的に丸めることが出来る。例えば、200Km(誤差数キロ程度)を3時間(誤差数分程度)で走る車の速度は、おそらく67Km/時で十分正確であり、66.67Km/時は明らかに行き過ぎであり、66.666667Km/時は馬鹿げている。
  • 答えを予測された答えと比較することにより、答えが合理的かどうか判断することが出来る。例えば、高速道路を走る車の速度として、6.7Km/時や667Km/時という答えは直ちに否定されなければならない。 TOP
[12-25]

 

概算

正確な計算をせずとも概算で十分に事足りる場面は多い.それどころか,そちらの方が通例であってむしろ例外ではないのかもしれない.厳密な計測やしっかりした計算をするかわりに近似的な答えを概算することもしばしばあるが,しかし大半の場合に概算は計算機や紙と鉛筆でやった計算を確認するのに使われる.概算のスキルの基本は,そのときどきの具体的な状況でどのくらいの正確さが適切なのかをつかむことにある.そして,それをつかむには問題の状況と計算の目的を理解することが必要となる.概算の具体的なスキルにはさまざまなものがある.そのなかでも特に全ての人が身につけた方がよいのは下記の概算のスキルである:

  • 日常的な長さ・重さ・時間を概算.
  • 地図から距離と移動時間を概算.
  • 縮小図をもとにして物体の実寸を概算.
  • 日常的な状況の生起確率を,過去の記録(たとえばあるフットボールチームはこの10年間に開始試合で8勝しているなど)やありうる場合の数(たとえばサイコロには6つの面があるなど)から概算.
[12-26]

計算機を使っていても,入力した情報そのものが間違っていたり入力ミスがあったり,あるいは計算手順がちがっていたりしたために計算結果が間違いになることはしばしばある.誰であれ,計算機で得られた結果の正しさを判定する手がかりがない場合に,その結果を受け入れる前にどんな結果がでてくるはずなのか大まかな概算をはじきだせるようになった方がよい.これには,次の3つの能力が含まれる:

  • 和・差・積・商・比率・パーセンテージの大まかな概算を求めること.
  • 概算と計算結果が大きく食い違う要因を把握すること.
  • 数の大きさがおおよそ10の何乗くらいにあたるのか特定すること.たとえば世界の人口は「おおよそ」10の9乗の桁(10億)か10の10乗の桁(100億)である.数字が「1桁ぶん」大きくなったという場合,じっさいの大きさはもとの数字におおよそ10ぐらいの因数をかけたものとなっている──すなわち,4〜5倍から 20〜30倍の大きさになる.これがたとえば40や200〜300の因数なら2桁の違いになるだろう.TOP

 

[12-27]

器具の取り扱いと観察

誰もが,身の回りにある素材や道具で家庭内の用事をこなす能力や,あるいは日常的なテクノロジーを使って入念な観察や情報利用を行う能力を身につけた方がよい.この能力には,次のようなものが含まれる:

  • 記録をノートにとる場合は,行った観察を正確に記述し,観察したものについての憶測やじぶんの考えと観察そのものとを注意深く区別すること.数週間,数ヶ月あとに読み返したときにも内容がわかるように書くこと.
  • コンピュータのファイルを話題別・アルファベット順・番号順・キーワード別に整理して保存・検索すること.また,簡単なファイルをじぶんにあったやり方で整理して使用すること.
  • 標準的なソフトウェアを使って情報をコンピュータに入力・検索すること.
  • 適切な道具を使って長さ・体積・重さ・時間・音頭を直接に計測すること.このスキルには,正しい道具を選ぶことだけでなく,場合に応じて厳密さを調節することも含まれる(たとえば「約1/4インチ」までしか計測しないのはキャビネットを組み立てるときには荒すぎるが長いフェンスをつくるのにはそれで十分に足りる).
  • アナログ・ディジタルいずれでも標準的な計測器から数字を読み取ること.また,ダイアル・メーター・スイッチを指定された設定にあわせること.
  • さまざまな種類のプラグ・ソケット・ねじ締め端子を用いて十分安全に電気関係の接続をすること.
  • 手動・電動の器具を安全に使って身の回りにあるさまざまな素材(木材・粘土・紙・プラスチック・金属など)を加工したり,くっつけたり,はずしたりすること.
  • (台所・ガレージ・実験室で)個体や液体の素材を指定された比率で安全に混ぜたり薄めたりすること.
  • 身の回りにある機械や電気システムで簡単な故障がおきたとき,問題の原因として考えられるものを特定・選別し,修理する(たとえば,家の中であれば電球がきれたりコードがつながっていなかったり配線が間違っているとか,あるいは自動車であればガソリンがきれていたりバッテリーがあがっていたりキャブレターが浸水しているといったようなこと).
  • 基本特性・性能・耐久性・値段にもとづいて消費者用の製品どうしを比較し,自分で納得の出来るトレードオフを決めること.
  • システムの一部(入力・出力・接続)を取り替えたとき他の部分に及ぶ影響を考える.TOP

 

[12-28]

コミュニケーション・スキル

科学・数学・テクノロジーの意見交換には,ごまかしなく明晰に知識や情報を伝達・共有し分別をもって読み聴きする能力が必要となる.こうしたスキルのなかには科学・数学・テクノロジーそれぞれに特有のものもあれば,一般的なものもある──もっとも,一般的なスキルであっても伝える内容と無関係というわけではない.誰もが次のことをできるようなスキルを身につけた方がいい:

  • 本レポートで勧告している基本的な知識を口頭や文書で言い表すこと.そうするためになによりも必要なことは,学生たちはそうした知識を理解し,さまざまな知識を組み合わせてじぶんなりの概念的な構造を組み立て,それを事例や合理的な論証によって解説できるようになることだ.
  • 本レポートで使われているような,科学・数学・テクノロジーの主要な知識にふさわしい標準的な語彙に慣れ親しむこと.多くの学校では,科学はただひたすら言葉を覚え込ませるかたちで教えられている.だがこれこそが主たる問題である.この教え方は有害であり,いま求められているやり方ではない──必要なのは,科学をある水準まで理解した結果として使いやすい語彙が身につくことである.
  • 正しい解釈を,「もし…なら〜である」・「かつ」・「すべての」・「〜でない」・「〜と相関する」・「〜を引き起こす」といった表現で言い表すこと.
  • 単純な表に情報を整理すること.
  • 情報や関係を手書きの図にしてさまざまな傾向(一定・加速・逓減・循環)を表すこと.
  • 円グラフ・単純な棒グラフ・折れ線グラフ・疑色マップ・2元表から数値を読み取ること.そのさい,グラフの伝えるメッセージが尺度の選び方しだいで変わってしまうことを理解したうえでグラフや表から傾向と極値を把握すること.
  • 表・グラフ・文章が表すデータがたがいに一致しているかどうか確かめること.
  • 作業順序の説明・製法・式・流れ図・素描などをもちいて手続きを書いたり,そうした手続きを読むこと.
  • 基本的な幾何学的関係を理解し,みずから用いること.これには垂直・並行・相似・合同・正接・対称が含まれる.
  • 極座標・直交座標を使って地図上の地点をみつけたり,言い表すこと.
  • 科学的な話題についての集団討議に参加するときに,人の発言を言い直したり要約し,相手に話の明確化や精緻化を求め,ものの見方を切り替えられるようになること.TOP

 

[12-29]

批判的に受け止めるスキル

マスメディア・教師・仲間たちは,それぞれにいろんなかたちで学生に次々と断定や論証を浴びせかける.そのなかには科学・数学・テクノロジーの領分に属すものもある.そうした断定を批判的に読んだり聴いたりする力,さまざまな証拠のうちどれを重視しどれを軽視すべきか判断し,周到な論証といい加減な論証を見分けるだけの力を,教育は人々につけるべきである.さらに,人々はそうした批判のスキルを自分自身の観察・論証・結論にも等しく適用することでみずからの偏見や〔不当な〕合理化の枷をより少なくする力を身につけるべきだ.

たしかに大半の人々は技術分野の専門家になることはないだろう.だが,誰でも学習をとおして疑わしい断定や論証のしるしを見つけ出せるようにならなれる.そうした疑わしさのしるしは,〔研究・実験の〕結果とされるものの報告のされ方に関係している.学生は,以下に挙げる弱い論証のしるしを見つけ出し警戒することを学ぶべきである:

[12-30]

  • 前提が明示されていない.
  • 提示された証拠から結論が論理的に出てこない(たとえば,「裕福な人間の大半は共和党に投票する」が正しいからといってその逆にあたる「共和党に投票する人の大半は裕福だ」は証明されない).
  • 論証が類推にもとづいているが,対応のさせ方が適切でない.
  • 事実と意見が入り交じっていたり,意見を事実であるかのように示していたり,あるいは事実と意見の見分けがつかなかったりする.
  • 有名人が権威に使われている(「映画俳優が新しい食品を推薦している」など).
  • 出典がこれとはっきり示されず漠然としている(たとえば,「一流の医師たちが言うには〜だそうだ」・「これは科学で証明されたことだが〜なのだ」・「他のとある州に比べて〜」・「科学コミュニティでは〜が推奨されている」など).
  • 独自の意見や情報を報告するさいに,故意または不作為の歪曲をふせぐための方策についてなんら言及されない.
  • 実験で得られたとされる証拠において,実験群によく似た対照群に言及しない.
  • グラフを使用する際,目盛りを一部に切り詰めたり異例な単位の尺度を用いたり目盛りをまったく使わないことによって,結果の印象を歪曲する.
  • 「若者は」・「消費者は」・「移民は」・「患者は」などと,ある集団のメンバーの全員が他集団にはない同一の特徴をもっているようにほのめかす.
  • 平均の結果が報告されるが,平均からの偏差は示されない.
  • パーセンテージや割合が示されるが,その標本全体の大きさは示されない(たとえば「歯科医の10分の9が推奨」というように).
  • 絶対値と相対値が入り交じっている(たとえば「我が市の昨年度の強盗は3,400件増えましたが,他方で他の都市での増加は1%未満です」など).
  • 誤解を与える厳密さで結果が報告される(たとえば,学生19人のうち13人を表すのに68.42パーセントなどと言う).
  • 考慮に値する説明や結論がそれしかないかのように提示され,他の可能性に言及しない.TOP
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